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『漫画の時間』 [書籍]


漫画の時間

漫画の時間

  • 作者: いしかわ じゅん
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1995/11/01
  • メディア: 単行本


上條晴夫さんの『子どもを本好きにする読書指導50のコツ』(学事出版)に紹介されている本です。上條さんが「マンガはかたい読書への橋渡しになる」という『読書はパワー』(金の星社)の主張をふまえて紹介しただけあって、漫画に馴染みのない読者にも、その面白さ・奥深さが伝わってきます。

中でも、巻頭の「漫画の読み方 青い鳥はどこにいる」には、いしかわじゅんさんの漫画に対する熱い気持ちが表れています。36ページにも渡って綴られている、ちょっとした論文と言ってもよいでしょう。次の5項目です。

一、オリジナリティを見ろ
二、工夫を見ろ
三、手抜きを見ろ
四、洋服を見ろ
五、動きを見ろ

1点目の「オリジナリティ」については、『AKIRA』で知られる大友克洋を取り上げて、次のように述べています。

 ただ、ここでちょっと注意してほしいのは、〈模倣〉と〈影響〉とは別ものだということだ。人の作ったものを真似するのは、ただ情けないだけだが、影響を受けるのは、栄養を吸収するのにも似て、それを咀嚼し、次の段階に進むことができる。〈影響〉を否定してしまっては、戦後の漫画は、すべて手塚治虫の模倣である、といういいかただってできる。大友だって、一時期フランスの漫画家メビウスの明らかな影響を受けていた。キャラクターの造形から、線の処理の仕方まで、かなり似たものを描いていた。しかし、それを模倣だと弾劾する人は少なかったと思う。いつだったか、メビウスがキャラクターデザインを担当したアニメーションが池袋の小さいホールで公開された時、それに合わせて彼が来日したことがある。インタビュアーが大友の絵を見せて、あなたの影響を受けている漫画家が日本にもいる、というと、それに応えてメビウスは、私の息子だ、とにっこり笑った。彼が好意でいったのか悪意でいったのか、客席で見ていただけのぼくには知りようもないが、あの時の表情から推測させていただくなら、きっと、彼は喜んではいても怒ってはいなかったと思う。それは、大友に模倣する気持ちがおそらくなかったからだ。
 大友の追随者たちは、いつの間にか、消えてしまった。あんなに大量にいたのに、いつの間にかいなくなってしまった。一部は業界から本当に消え、一部はまたほかの漫画家の模倣に走り、またほんの少数の一部は、自分の絵柄を見つけて自らがオリジナルとなった。つまり、そのほんの小数は、模倣ではなかったのだ。

〈模倣〉と〈影響〉を「どこで見分けるのか」、いしかわさんは「志の貧しい漫画には、貧しい匂いがある」と言っています。わかるような気がします。たとえば、教育実践記録を読んでいると、それを感じるときがあります。先行文献が明示されていないとき、修正追試の内容が曖昧なときなど、先人の業績に対する心配りのない実践記録は「貧しい匂い」がします。いしかわさんが大量の漫画を読みながら「貧しい匂い」をかぎ分けているように、大量の実践記録を読むと、見えてくるものがあるように思います。

2点目の「工夫」については、『伊賀の影丸』などの忍者もの漫画で知られた横山光輝についてです。

 J図1〜3をごらんいただきたい。
 このシンプルな夜景は、横山光輝である。
 まったく見事な月である。絵に描いたような月だ。
 漫画においては、とくに近年、描かれる対象が絵であることを否定しているケースが多い。これはもちろんペンとインクで描いたんだけど、でも絵じゃないからね、という前提がある場合が多い。これは実際のものそっくりに描いたから、ほんとに実際のものだと思って見てね、という意図で描かれることが、実に多いのだ。いかにリアルに見せるか、いかに質感を出すか、本物らしく見せるか。劇画誕生あたりからこっち、漫画はそういう方向に心を砕き、邁進してきた。
 ところが、横山光輝の絵は、見事に簡単である。その上、実にステレオタイプである。どの月を見ても、まるで判で押したように同じである。違うのは、満月か半月か三日月か、というような些細な部分だけである。満月と三日月の違いは些細ではないと思われるかもしれない。しかし、横山光輝にとっては、おそらくそれは、些細なことなのだ。ほとんど同じといっても構わないかもしれない。
 つまり、横山光輝の漫画においては、〈月〉というのは、〈夜〉の印なのだ。現在が夜であるということさえ判ればいいという、一種の記号なのである。

たとえば、実践記録における「教授行為」です。授業者本人は、ついついアレコレの情報を書き込んでしまいがちです。その結果、何がポイントなのか、かえって読者に分かりにくくなってしまうケースが多いです。横山光輝の〈月〉のように、シンプルな記号を心がけるべきなのでしょう。

3点目の「手抜き」については、『ゴルゴ13』で知られる、さいとうたかをが標的になっています。

 図Nを見ていただきたい。これはさいとうの現在の絵である。次に、図Oだ。これは、さいとうの約三十年前の絵だ。書き文字が現在とまったくかわっていないのがわかると思う。
 別に変わらないのがいけないわけではない。同じ場所にあえて留まり、深みを目指してゆくのも、ひとつの方法だと思う。しかし、さいとうたかをはそうではなく、おそらく進歩する気を失ってしまったのだと思う。新しいものを創り出す意欲がなくなってしまったのだと思う。前に進もうという意志が、きっと現在では、なくなっているのだと思う。三十年前に開発したたった一種類の書き文字だけを、いまだに使いつづけているのは、その象徴といってもいいだろう。

「分業体制を敷き、マニュアル化された中で原稿を量産することに専念するうちに、彼は未知の場所に進むことを忘れ、新しいものを創り出すことを怠り、居心地のいい現在に安住するようになってしまった」と、非常に厳しい批判が行われています。教育の世界においても、たとえば、どんなに素晴らしい「教材」を開発したとしても、それだけに固執していてはいけないのでしょう。そうした姿勢は、実践記録においても、さいとうの「一種類の書き文字」のような形で浮かび上がってくるのだと思われます。

4点目の「洋服」については、特定の作品を取り上げることなく、「ファッションという概念が存在していなかった」漫画家の意識を批判しています。

 ちょっとそのへんにある漫画誌を拡げていただきたい。そして、登場人物の着ている洋服をチェックしてみていただきたい。いまだに、敗戦直後のブラウスを着たきりで日常生活を送っているケースが、案外多いことがわかるだろう。そういう漫画を描いている人たちを、どんな正確なデッサンをとっていようが、ぼくは決してうまいとは思わない。
 彼らは、自分の世界をきちんと作っていないのだ。自分が原稿用紙上に創り上げた世界に対して、正確な世界観を持ち得ていないのだ。登場人物たちが、どういう生活を送っていてどういう性格でどんな嗜好なのか、どのくらいの収入でどこにだれと住んでいるのか。そういうことを考えないまま、漫画を描き始めてしまっているのだ。それに加えて、彼らは、自分の生きている現実の世界すら、きちんとは見ていない。自分の机と、その上の原稿用紙以外見ていないのだ。自分の視野以外にも世界が存在していることに、気づいてすらいないのだ。SFでもなければ、漫画の登場人物は、おおむね現代に暮らす人間であるはずだ。それなのに、着ている服は十年も二十年も前のものであったり、どこにも売っていない物だったりしたら、それは決して、優れた漫画でもないし、それを描く漫画家も、優れた漫画家ではありえない、とぼくは思うのだ。

この状況を教育実践記録に当てはめてみましょう。たとえ、優れた授業技術を示しても、時代の要請する「教育内容」とズレていたら、「優れた実践家ではありえない」と言えるでしょうか。

5点目の「動き」については、再び大友が取り上げられています。

 P図を見ていただきたい。やはり日本を代表する漫画家のひとり、大友克洋の力作『AKIRA』の一部だ。ごく大雑把ないいかたをしてしまえば、〈動き〉というのは、ある点から次の点への移動だ。あるいは、ある時間からある時間までの経過だ。それをどう描くかが、漫画家の腕の見せどころなのだ。
 まず、大友は、P1で相手を殴る直前を描いている。そして、そのあと、P2で殴った直後を描く。インパクトの瞬間を省略しているのだ。すると、読む側はP1からP2に視線が移る瞬間に起きたはずのことを、自分で補って進む。それは拳が相手に当たって、エネルギーが殴った側から殴られた側に移る瞬間だ。それがかなり大きいものであったことは、P1で、体を充分ひねっているところを見せているし、P2でも、殴られた相手が斜めに大きくバランスを崩しているから、想像することはたやすいだろう。これで、少ないコマで効果的に、凄いパンチが繰り出されたことを表現できた。

「パンチ」を教育に当てはめるのは適当ではないかもしれません。けれども、「相手を殴る直前」を教師の指導、「殴った直後」を学習者の反応に置き換えてみましょう。実践記録において「学習者」の変容をハッキリと示すためには、「少ないコマで効果的に、凄いパンチが繰り出されたことを表現」する必要があるのではないでしょうか。

以上、漫画の読み方における「オリジナリティ」「工夫」「手抜き」「洋服」「動き」の5点については、教育実践記録においても応用できそうな気がします。ちょっと面白い観点です。

なお、本書は『漫画の時間』(新潮OH!文庫)としても刊行されています。たとえ、それほどの愛好者でなくても、ついつい紹介された漫画を手に取ってしまいそうです。気軽に読めますが、奥が深い1冊です。

漫画の読み方
 青い鳥はどこにいる
ユートピアで暮らすこと
 深谷かほる『エデンの東北』
対極のふたり
  はた万次郎『ウッシーとの日々』
 神田森莉『怪奇カエル姫』
彼女の愛の冒険
 やまだないと『青空のマリィ』
静かに満ちる熱を見ろ
 谷口ジロー『餓狼伝』
ああこの暴走するデータ量
 寺島令子『墜落日誌』
 鈴木みそ『あんたっちゃぶる』
 桜玉吉『しあわせのかたち』
世界には、果して意味があるか
 町野変丸『少女カオス』
彼の住むべき場所
 もりやまつる『天上天下唯我独尊』
水木しげるの新しい息子
 『地獄童子』
叙情の向こうに絶望が見える
 西原理恵子『はれた日は学校をやすんで』
本流か傍流か、この明快な奇矯
 山口貴由『覚悟のススメ』
大韓民国は秘境か
 湯浅学・船橋英雄・根本敬『ディープ・コリア』
目を閉じればアガペーが見える
 田亀源五郎『嬲り者』
ビッグ・マイナーの潜む場所
 吾妻ひでお『夜の魚』
彼らの普通の生活
 榛野なな恵『Papa told me』
苦しみつつ進め
 唐沢なをき『鉄鋼無敵科学大魔號』
巨人の悲劇
 梶原一騎・川崎のぼる『巨人の星』
怖るべし、天才の一歩
 いしいひさいち『となりのやまだ君』
怪人楳図はためらわない
 楳図かずお『14歳』
少女漫画の一番良質な部分
 小橋もと子の漫画
美しい人生に涙しろ
 業田良家『自虐の詩』
泥沼に、マグマが煮え立つ
 桜井昌一『劇画風雲録 ぼくは劇画の仕掛人だった』
美しくぼんやりとした精神
 岩館真理子『冷蔵庫にパイナップル・パイ』
彼が幸福な理由
 浦沢直樹『MASTERキートン』
欠落を求めて、街へ
 桜沢エリカ『世界の終りには君と一緒に』
千人が語れ、千人の哲学
 東本昌平『キリン 』
朝倉は荒野を目指す
 朝倉世界一『アポロ』
大したもんなんだもんね
 東海林さだお『新漫画文学全集』
彼女たちの奥の奥
 岩館真理子・小椋冬美・大島弓子『わたしたちができるまで』
闘争・勝利・敗北
 西村繁男『さらばわが青春の「少年ジャンプ」』
少年少女は、河淵に立つ
 岡崎京子『リバーズ・エッジ』
正々堂々たる闘い
 ちばあきおのこと
勝ったのは誰か
 内田春菊『ファザーファッカー』
屹立する異形のもの
 寄生虫『モンスターロード』
この男の強情なケレンを見ろ
 若林健次『ドトウの笹口組』
地味な彼の地味な作風
 吉田象二『天下の公務員』
閉塞を打ち破るもの
 かわぐちかいじ『プロ』
ああ、常軌を逸してくだらない
 福原豪見『アイドル製菓のオマンじゅう』
悪の帝王は愛に溢れる
 西風『GTロマン』『LAST MOMENT』ほか
見事なズレ、もっと見せておくれよお
 安井雄一『ちょんまげがいっぱい』
彼の強力な武器
 村田ひろゆき『ころがし涼太』
この過剰で完璧なナルシズム
 宮谷一彦『肉弾時代』『肉弾人生』
親方の余技に驚く
 ピエール・ナメダルマンの突撃潜入オチュケベルポ!
どこへいくんだ望月
 望月峯太郎『バタアシ金魚』
難あり、説得力もあり
 古沢優『たいまんぶるうす』
スキャナーの向こうにあるデータ
 山本直樹のエロ漫画
おとこ一途のこころ意気
 村上和彦『任侠・盃事のすべて—現代ヤクザ道入門』
愚かだぞ柴門ふみ
 漫画論をめぐって(1)
愚かだぞ柴門ふみ
 漫画論をめぐって(2)
濃厚だぞ、オタクの女王
 水玉蛍之丞『こんなもんいかがっすかぁ』
曖昧にして上品
 南伸坊『CHINA FANTASY』
ああ青春の血はふぬけ
 すのうちさとる『さすらいの調理師』
ある編集長の独白
 漫画誌『アクション ラボ』
この天を駆ける想像力
 三浦建太郎『ベルセルク』
自由への、ちょっと辛い航海
 ハロルド作石『ゴリラーマン』
少女はなにを求めるのか
 内田春菊『水物語』
落としたのは誰だ
 『アクション ラボ』校了
美しいものが好き
 寺田克也『ちょっとフルくてイイくるまにゃのらずにいられないっ!』
沖縄からの風が、のんびりと吹く
 大城ゆか『山原バンバン』
悔しくて、偉い
 とり・みき『遠くへいきたい』
愛がなくちゃね
 高岡凡太郎『ムスメ日記』
彼の一番の魅力
 木崎ひろすけ『GOD-GUN世郎(ゼロ)』
けれんにして王道
 ほりのぶゆき『もののふの記』
愛に問題を抱える
 原律子『改訂版大日本帝国萬画』
驚くべき、この壮大な空虚
 山上龍彦『太平』
彼らの、ちょっとした悪意
 森下裕美『ここだけのふたり!!』
辿るべき苦難の道
 水木しげる『ねぼけ人生』
二人羽織のゆくえ
 泉昌之『プロレスの鬼』
親に毛嫌いされた不健全さ
 吉田戦車『鋼の人』
島本の過激な愛情
 島本和彦『燃えよペン』
普通の犬
 内田かずひろ『シロと歩けば』
時代と寝た男
 鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』
ヒットの理由
 小林まこと『I am マッコイ』
彼の無知と無神経を憐れむ
 漫画賞の話
未成年、瑞々しくやるせない
 土田世紀『未成年』
驚天動地のいい加減
 みなもと太郎『ホモホモセブン』シリーズ
振り返ると恐怖がいる
 諸星大二郎『コンプレックスシティ』
影絵と旅する男
 鈴木翁二『耳』
ちょうどいい異常
 田中圭一『ドクター秩父山』
監督のイメージボード
 宮崎駿『シュナの旅』
花開く
 松苗あけみ『純情クレイジーフルーツ』
怪しい天才ジジイに会った日
 いがらしみきお『のぼるくんたち』
姉ちゃんを描く
 永野のりこ『GOD SAVE THEすげこまくん!』
テーマを掲げろ
 能條純一『月下の棋士』
確信あり
 士郎正宗『アップルシード』
ぎらぎらと突出する欲望
 どおくまん『暴力大将』
本当に怖いもの
 杉浦日向子『百物語』
神の目が見る
 岸大武郎『恐竜大紀行 完全版』
彼のこだわるもの
 上條淳士『SEX』
王道の俗の俗
 岩谷テンホーの4コマ漫画
原子炉は暴走するか
 松本大洋『青い春』
増幅された悪意
 御茶漬海苔の恐怖漫画
日本一可愛い少女
 青木光恵『えっちもの』
りんちゃんの輝く人生
 犬丸りん『なんでもツルカメ』
ぼくの賢明な選択
 けらえいこ『セキララ結婚生活』
ミスマッチの幸福な成果
 喜国雅彦『傷だらけの天使たち』
超愛のドキュメンタリー
 成田アキラ『テレクラの秘密』
キャリアの果てに愛を見た
 かざま鋭二『風の大地』
水丸はなにを捨てるか
 安西水丸 『青の時代』
埋葬された真実
 梶原一騎の死
あとがき
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